金環日食 [天文/宇宙]
2012年5月21日、世紀の天体ショー。
金環日食を出勤前のいい時間に見ることができました。
太陽投影板に映し出したのを
ケータイで撮ったのですが、
ちゃんとしたカメラで撮ったらもっときれいに写っていたでしょう。
天気がよくないのに、
今回は多少雲はあったものの十分に観測できました。
《小説》ばんば憑き 宮部みゆき [小説/本]
- 坊主の壺
- お文の影
- 博打眼
- 討債鬼
- ばんば憑き
- 野槌の墓
以上6編収録。
主のない子供の影、
人の欲望が作り出した黒い化け物、
殺された子供の魂が道具にこもった物の怪、などなど・・・
江戸の街に繰り広げられる不思議な物語は
不幸にも命を奪われた者の魂、
あるいは人の心の中に潜む欲望が作り出す化け物たちが
主役だ。
「討債鬼」や「ばんば憑き」などは
特にホラー色の濃い作品だが、
ただ恐ろしいのではなく、人の心の悲しさが残る。
宮部みゆき作品は
時代小説や現代を舞台にしたミステリーにしても、
罪を犯した者やその被害者をいつも優しく見つめる。
だから、ただただおどろおどろしいのではなく、
何とも心地よい読後感が残る。
特に、この作品集「ばんば憑き」は
事件や物の怪の姿を借りながら
人の命や心を慈しむ作者の優しさが感じられる。
《小説》陽暉楼 宮尾登美子 [小説/本]
昭和初期、高知の花街の厳しい物語だ。
高知の貧しい魚屋の娘として生まれた房子は、
親の借金のために12歳で売られるが、
一途に芸を磨いて陽暉楼一の芸妓“桃若”となる。
芸妓といえども、やがて客を取るようになるのだが、
相手はもちろん年寄りばかり。
芸妓や店にとっては大切なスポンサーである以上
拒むことはもちろんできず、
房子も意に沿わぬ相手と夜をともにする。
そんな房子の運命を大きく変えることになったのが
ある時宴会客の中にいた若い佐賀野井との出会いであった。
佐賀野井に心惹かれた房子はやがて彼から声がかかり、
ついに彼の子を宿すことになる。
難産の末生まれた子供は房子の両親の家に預けられるが、
房子は産後の肥立ちが悪いにもかかわらず
店からは“桃若”として座敷に出ることを強要され、病に倒れる。
客は、芸妓に子供ができたとて認知したり
ましてや我が子として引き取るなどありえず、
その子はしかるべき筋から里子に出されるのが
芸妓の世界の悲しいさだめ。
それでも房子は佐賀野井を思い、待ち続けながら、
最後は彼もやはりただの遊びの客であったことを悟る。
水商売の悲しさ、厳しさ。
それをわかっていながら、
房子は佐賀野井にだけは純情だったといえよう。
さて、この作品中出てくる話し言葉はもちろん土佐弁。
(私の両親が高知出身なので土佐弁はほとんどわかる)
ただ、文体は旧仮名遣いで書かれていて、漢字も旧字体。
その点、読むのにちょっと苦労したが、
確かに読み応えのある作品だ。
トイレをリニューアル [雑記]
我が家は元々中古住宅で、1階と2階それぞれトイレがあるのだが、
どちらも昔の大きなタンクなので水の流れる量は多いため
水道代がひどく高く付く。
ウォシュレットもかなり古い型で
1台のシャワー機能が不調、かつ便座が不安定だったようだ。
家族からは前から言われていながら
なかなか手がつけられなかったが、
このたび思い切って取り替えることにした。
便器はパナソニックのアラウーノS。
TOTOやINAXのような陶器ではなく、
有機ガラス系新素材ということだが
私にはどういうものかよくわからない。
水垢をよくはじいて黒ずみ汚れが付きにくいらしい。
それに加えて、最大のセールスポイントの全自動洗浄。
スパイラル水流や中性洗剤で汚れを落とすというもので、
何年前だったか初めてこれを見たときは画期的だ!
と思ったものだが、
最近はどのメーカーもどの機種も
似たり寄ったりの機能を持っているので
今更驚くほどのことでもないし、
シャワー機能も便座暖房も今は当たり前になっているので、
それ自体は特筆するほどのことではない。
でも、高い水道代を少しでも安くするために
節水型の便器に替えたいと考えていたところ
ある工務店の展示スペースで見たアラウーノがかなり安かった。
聞いてみると、
その店ではアラウーノをまとめて仕入れるので安くできるということで、
その値段が今回思い切るきっかけとなった。
タンクがない分すっきりしてトイレスペースが今までより広くなった。
肝心の使い勝手や使い心地はまだまだこれから使ってみなければ・・・
《小説》ドールズ 闇から招く声 髙橋克彦 [小説/本]
なんでか最近
こういういかにも怪しげなタイトルの本を読んでいる。
この作品をいきなり読んだのだが、
最初どうも人物がよくわからなかった。
特に、怜という幼い女の子が
べらんめえ口調なのが理解できず
別の人物かと勘違いしたが、
江戸時代の人形師、泉目吉が現代の女の子の身体に転生したものとわかるのに
しばらく時間がかかった。
それもそのはずで、
この作品の前に「ドールズ」シリーズ2作があるのだが、
私はそんなことも知らず3作目に当たる
この作品をいきなり読んでいたのだ。
髙橋克彦作品のファンの方が見たら、きっと
そんなことも知らんの?と馬鹿にされるかもしれないが、
最近私はあまりなじみのない作家の本を読み始めているところで
髙橋克彦作品に関しては若葉マークの初心者だということで
温かい目で見てやって下さい。(^_^;)
さて、作品について
プロローグでいきなり凄惨な殺人現場が描写される。
あまりにもえぐい情景なのでここで書くのは控えるが、
あとがき(解説)にもあるようにこの作品は
いわゆるホラー小説であり、
この場面は昔流行ったスプラッター映画を思わせる。
あまり映像では見たくないシーンだ。
本編にはいると、
割とのんびりした展開で始まるが、
事件が起きると次々と状況が変わる。
恒一郎、怜=目吉、怜の父である真司、
それに医大の戸崎、松室らの推理で
事件が落ち着くかと思いきや、
目吉の推理の中で疑問が残る。
そこからまた新たな展開となって、
一つの事件が思いも寄らぬ方向に進んでいく。
殺人現場の描写は確かにホラーだが、
物語の展開の仕方はミステリーだ。
そして、一連の事件の真犯人は
誰も疑いをもつことのない思わぬ人物であることがわかってくる。
この展開は
怜=目吉という不思議なキャラクターがあってこそのおもしろさだ。
それにしても
もし自分が今の自分の意識のままで
別の人物の身体に入ってしまったら、と思うと・・・
目吉のように時代も場所も越えてよみがえるということは、
浦島太郎ではないか。
ましてや男でありながら女の子の身体に宿る
(またはその逆も)なんてぞっとする。
それこそホラーかもしれない。












